清酒の約80%を占める水の役割は重要で、硬度が高くクロール(後述する酒質に有効に働く成分についてを参照)の多い水は蒸米の溶解糖化に影響をあたえ濃醇(のうじゅん)な酒に、逆に含有量の少ない水は淡麗な酒になる。
また、鉄やマンガンは清酒の着色や日光着色に影響を与え、それらの含有量の多い水は製品の着色を増し品質の低下につながる。
清酒は開放発酵のため地上からの汚染を受けた浅井戸の水は細菌汚染につながり、酸度の高い低品位の酒になる傾向が強い。

1)酒造用水と飲用水との違い

我々が普段の生活に使う水道水は水質基準が設けられている。醸造用水はこの水道水の基準に従うが、酒質に悪い影響を与える成分は厳しく制限されている。着色に影響を与える鉄化合物は1/10以下、マンガン化合物が1/2以下とされ、また汚染のバロメータになる亜硝酸窒素や硝酸窒素などは不検出となっている。

2)日本酒に使われる水の種類

日本酒の製造に必要な水の量は一日の白米の処理量の30倍から50倍以上必要とされている。この中で、原料処理水や雑用水はろ過した水道水が使用されているのが一般的で、品質に直接影響を与える仕込水は蔵元によっては毎日、遠くの井戸から運んでいるところもある。

3)水の成分と酒質について

水中の成分には有効に働く成分と有害成分に働く成分の二つに分けられる。以下に有効成分の役割と有害成分の役割について記す。

(1)酒質に有効に働く成分について

(a)カリウム
水に含まれるカリウムは少なく、ほとんどが米に含まれている。カリウムは麹の生育、酒母、もろみの発酵に必要な成分で、これが不足すると麴菌の生育が悪くなり、また、もろみの発酵が不十分になって、もろみの末期の糖分の切れ(分解)が悪くなり、甘だれた味の酒になる。
特に米中のカリウムはイオンの状態で含まれ、洗米や浸漬の時、水に洗い流され易い性質を持っている。これを補う目的で酸性リン酸カリウム(KH2PO4)などを使用する。

(b)マグネシウム
微生物の成育に必要で、麹の糖化にも影響を与える。水にも含まれるが、米中に多く含まれている。

(c)カルシウム
おもに水から供給される。酵素の生産と溶出を促進し、清酒中に適量に含まれていると味のくずれを防ぎ、多いと品質を落す。特にこの含有量の多寡は大吟醸酒のような低精白の米の溶解に強く影響を与え、品質の良否につながる。

(d)リン酸
酵母の増殖と発酵に必要で、灘の宮水には多く含まれているが、多くの水は含有量が少ない。もろみでは主として米中のリン酸が使用されているが、これが不足するとカリウムと同様に発酵が不十分になり、もろみの末期の糖分の切れ(分解)が悪くなる。これを防ぐため酸性リン酸カリウム(KH2PO4)などで補うことがある。

(e)クロール
主に水から供給される。麹の酵素の溶出に必要で、清酒のテリを良くし、風味を濃醇にする。この含有量の少ない水は塩化ナトリウム(NaCl・食塩)を使用する。一般的に酒母の製造には発酵助成剤として酸性リン酸カリウム。糖化促進剤として塩化ナトリウムが使われている。

(2)酒質に有害に働く成分について

(a)鉄
清酒の着色原因成分で水や米などに含まれている。鉄分は清酒中に含まれているデフェリフフェリクリシンという物質と反応してフェリクリシンという赤褐色の成分に変化して清酒の着色の原因になる。この成分は分子が極めて小さく、一般の活性炭素濾過では除去できないきわめて厄介な成分である。そのほかに糖とアミノ酸の反応を促進し、生成したアミノカルボニル化合物は香味を害する。そのため醸造用水の中では最も嫌われる成分で、その含有量は0.02ppm以下に規定されている。
水の中の鉄分の除去はイオン、分子の状態のものは気曝酸化。植物腐食由来のフミン酸鉄やフルボ酸鉄、ケイ酸塩などコロイド鉄はポリ塩化アルミニウム(PAC)等の凝集沈殿剤で凝集する。気曝・凝集後、砂や活性炭素などで荒濾過した後、孔径0.45mμ以下の精密ろ過機で濾過すればほぼ完全に除去することができる。

(b)マンガン
清酒の日光着色を促進する成分で水や米に含まれている。マンガンを多く含んだ清酒に強い日光を当てると、1時間から3時間で着色量が2~4倍に増加する。これは日光の作用で清酒中に含まれる成分がマンガンイオンの作用によって着色成分に変化するためで、鉄と同様に醸造用水では最も嫌われる成分の一つである。
マンガンは鉄と異なり水の中では比較的安定な形で存在し、鉄と同じような酸化方法では除去できない。次亜塩素酸など塩素剤で酸化除去する場合、水の中の被酸化物質の酸化に必要な塩素の約2倍量を添加して、太陽光線下で約20分、室内の光線下では約2時間以上、暗所では4時間以上の酸化時間が必要である。
また、コロイド状のマンガン化合物はコロイド鉄と同様に凝集沈殿剤で沈殿させる。
酸化・沈殿処理した水は活性炭素で濾過した後、孔径0.45mμ以下の精密ろ過フィルターでろ過すればほぼ完全に除去できる。鉄やマンガンは主に沖積層の地層から湧出する水の中に含まれている。

(c)亜硝酸、アンモニア、有機物(COD)
これらは酒造りに直接影響を与える成分ではないが、動植物窒素化合物に由来することが多く、特に沖積層地帯の人口密度の高い場所の浅井戸に多く見られる。これらの井水には細菌類の汚染が考えられるので、必ず塩素などによる滅菌を行う。滅菌後は孔径0.45mμ以下の精密ろ過フィルターでろ過すると微生物などほぼ完全に除去できる。

(3)水の硬度について

日本では水の硬度をドイツ硬度で表し、水中のカルシウムとマグネシウムの総量を、CaO(酸化カルシウム)に換算して100mlに含まれるmg数で示し、単位は度であらわす。
軟水はドイツ硬度0.42度以下、中程度の軟水は0.3~0.6度以下とされ、軽度の硬水は0.6~0.8度以下、中程度の硬水は1.12~2.0以下,硬水は2~3度以下、高度の硬水は3度以上とされている。
このようにCaとMgの総量で表すのは、以前はCaとMgをそれぞれ単独で測定することが困難で、石鹸水(界面活性剤)を用いて、その泡立ちで測定していた結果で、今は分析技術が発達し、CaとMgをそれぞれ単独で簡単に測定することができるようになり、ドイツ硬度はほとんど使われなくなった。現在はそれぞれの含有量を1ℓ中のmg数(ppm)で表し、ドイツ硬度で表す時はこれらの数値をCaOに換算して表す。
前述したように、硬度の高い水は味が濃醇な酒に、硬度の低い水は味が淡麗になる。因みに、硬度の高い宮水で造った灘地方の酒は発酵が強く、味が濃く”男酒”と云われ、硬度の低い鴨川の伏流水で造った京都の酒は味が淡麗で”女酒”と云われている。

水の硬度の度合い

種類 総カルシウムmg/l(ppm) ドイツ硬度(CaOmg/100ml)
軟水 < 3 < 0.42
中程度の軟水 3 ~ 6 0.42 ~ 0.84
軽度の硬水 6 ~ 8 0.84 ~ 1.12
中程度の硬水 8 ~ 14 1.12 ~ 2.0
硬水 14 ~ 20 2.0 ~ 3.0
高度の硬水 > 20 > 3.0