昔から日本酒造りの中で「1麹(こうじ)」、「2酛(もと)」、「3造り」といわれるように、麹は最も重要な位置を占めている。また水質や原料米と同じく酒質にも大きく影響を与える。麹の役割は蒸米の溶解糖化をつかさどる酵素類の酒母やもろみへの提供、清酒酵母の増殖や発酵に必要なビタミン類などの栄養物の提供などを行うもので、麹の品質が酒の香りや味の濃淡、軽快さなどに与える影響は極めて大きい。特に、酵母菌の良い性質を100%引き出す役割は大変重要と云っても過言ではない。どんなに良い香りを生産する酵母菌でも麹の酵素バランスが悪いと決して香りの高い酒はできない。杜氏達が麹造りに情熱を燃やすのはそのためである。
1)麹の役割
麹の働きは、米のデンプンをアミラーゼによってブドウ糖に変え、さらに酵母によってエチルアルコールやコハク酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸などの有機酸を生成する。また、タンパク質はプロテアーゼによってペプチドやアミノ酸に分解され、これらは酵母菌体の構成や酵母による高級アルコールの生成によって華やかな吟醸香を生成し、グルタミン酸で代表されるアミノ酸類や数個のアミノ酸が結合したペプチド類は酒の旨味成分になる。脂肪はリパーゼによって脂肪酸とグリセリンに分解され、脂肪酸は酵母によってエステルなど香気成分を生成し、また、グリセリンは清酒の甘味成分になる。
2)中国、韓半島、東南アジアの麹と日本酒の麹の違いについて
麹は大きく分けて餅麹(もちこうじ/へいきく)と撒麹(ばらこうじ)の2種類がある。餅麹は現在、中国や韓半島などで生の小麦粉でつくられているものと、中国の江南地方や東南アジア、台湾などの山岳民族の間でつくられている草の葉や茎などの煮汁を加えてつくった草麹や酒薬などがある。
一方、日本の麹は撒麹といわれ、蒸した米に麹菌をはやした粒状の麹で、今日このような麹を大量に生産して酒をつくっているのは日本だけといわれている。もっとも、戦前日本が台湾を統治していた時代、山岳民族の間にも僅かに米や粟などを使った撒麹を見ることができた。
日本の麹の特徴は蒸したデンプンによく繁殖するアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)という黄麹(きこうじ)菌が使われ、この麹菌は酸の生成がほとんどなく、淡白な味の日本食に合ったお酒が出来る特徴をもっている。
一方、現在中国や韓半島などの酒造りに利用されている、餅麹は生の小麦粉によく繁殖するクモノスカビ(Rhizopus)やケカビ(Mucor)などの混合菌体で、この菌は日本の麹菌と違ってフマール酸やリンゴ酸などの有機酸を生成するもので、この麹でつくった酒は中国料理など濃厚な味の料理によく合う酒になる。
日本酒は中国の紹興酒に比較して着色度や酸度や全窒素(アミノ酸に相当)が少なく、味が淡麗なことがよくわかる。特に最近のように精米度の低い純米吟醸酒などは酸度や全窒素が低く、上品な日本料理の味を一層引き立てるようになった。
3)麹の種類・用途について
(1)日本酒の麹
蒸した米に良く繁殖する黄麹菌のアスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)を使用。製麹操作はデンプン分解酵素の活性を強くするため最高温度を43℃と高温経過をとる。
(2)味噌の麹
日本酒と同じように蒸米を使用するのでアスペルギルス・オリゼを用いる。しかし、味噌の原料は大豆を使うので、清酒用の麹菌に比較してタンパク分解酵素の強い菌を使う。製麹温度もタンパク分解酵素の活性を強くするため36℃と低温で製麹する。
(3)醤油の麹
炒った割砕小麦に蒸した大豆を混合した原料を使用するので、米に使う麹菌よりさらにタンパク分解酵素の強いアスペルギルス・オリゼの変種株のアスペルギルス・ソヤ(sojae)を用いる。また、タンパク分解酵素をさらに強くするため、温度経過は味噌麹より低温の35℃前後をとる。
(4)焼酎の麹
もろみの腐造を防ぐため、菌はクエン酸の生成能の高い黒麹(くろこうじ)のアスペルギルス・ニガー(Aspergillus・nigar)や沖縄の黒麹菌のアスペルギルス・アワモリ(Aspergillus awamori)や、これらの変異株の白色のアスペルギルス・カワチ(Aspergillus kawachii)などを使用する。焼酎製造用の麹菌は、いずれももろみのpHを低く抑えるためクエン酸生成能の高い麹菌を用いる。
以上、日本の清酒、味噌、醤油製造に使われる麹菌は全てアスペルギルス・オリゼの仲間で、それぞれ原料に合うように選択された菌株が用いられている。
また焼酎に使われる麹菌もアスペルギルスに属するがクエン酸生成能の高い菌が使用されている。
4)日本酒の麹のつくり方
麹の造り方は専門的な言葉が出るので、なかなか理解できないが、麹つくりは室温25℃の麹室(こうじむろ)の中で麹蓋(こうじぶた)を用いて麹をつくる。蒸米を室に引き込んでから麹が出来あがるまでの時間は44時間くらいかかる。酒母麹の製麹時間は掛麹より約5~6時間長くとる。これは麹の力(酵素力価)を強くするためである。
5)普通麹と吟醸麹の比較
普通麹と吟醸麹のつくり方は種麹の使用量が異なる程度で、製麹時間や製麹温度は基本的に同じである。普通麹の種麹は一般的に白米100kgに対して100gを基本としている。一方、吟醸麹は杜氏の考えで決める。酒母麹で70g/100kg、添麹で50g/100kg、仲麹で40g/100kg、留麹で40g/100kg位で、これは決して標準ではなく、同じ重量でも、蒸米の上に種のふり方で随分異なる。種麹の使用量は杜氏によってピンからキリまである。種麹の使用量は前者が100g/100kg、後者が40g/100kgで、前者の麹を総ハゼ型麹、後者をツキハゼ型麹という。
6)麹の酵素について
麹の酵素は日本酒の品質を決める重要な役割をするもので、前述したように、主にデンプンを分解するアミラーゼ、蛋白質を分解するプロテアーゼ、酒粕を黒くするチロシナーゼ、脂肪を分解するリパーゼなどが含まれ、これらの酵素バランスの良し悪しがお酒の品質を決定する。
デンプン分解酵素 「アミラーゼ」
デンプン分解酵素のアミラーゼにはα-アミラーゼ、グルコアミラーゼ(G-アミラーゼ)、トランスグルコシダーゼの3種類がある。
(1)デンプン液化酵素 α-アミラーゼ
α-アミラーゼはデンプンの糊精(こせい)化あるいは液化酵素と呼ぼれ、清酒醸造においては、酒母やもろみをドロドロに溶かす主役的な酵素である。一般的にはデンプン分子の[α-1,4結合]をランダムに加水分解(水の作用による分解)し、デキストリン(糊精)を生成し、液の粘度を急激に低下させ、ブドウ糖2分子のマルトース(麦芽糖)に分解する。この酵素はデンプン分子の[α-1,6結合]は分解しない。
(2)デンプン糖化酵素 グルコアミラーゼ
グルコアミラーゼは別名G-アミラーゼと云われ、デンプン分子の[α-1,4結合]の非還元性末端基からブドウ糖単位で分解するので、糖化酵素と呼ばれている。清酒酵母は主としてグルコースしか発酵できないので、酒母やもろみのアルコール発酵、清酒の香りや爽快な味を生成するのに重要な役割を担っている。一般的に清酒用麹はα-アミラーゼ活性に対してグルコアミラーゼ活性の比率の高い麹が良い麹とされている。グルコアミラーゼはデンプンの[α-1,6結合]も分解する。
(3)糖転化酵素 トランスグルコシダーゼ
トランスグルコシダーゼはアミラーゼによって生成された糖を酵母菌によって発酵されないパノースなどの非発酵性糖を生成する酵素で、清酒の微妙な味に影響を与える。
タンパク分解酵素 「プロテアーゼ」
麹のタンパク分解酵素系には主に酸性側で働く酸性プロテアーゼと酸性カルボキシペプチターゼで、この他に中性で働くものや微アルカリで働くものなどもあるが、清酒製造ではその働きはわずかと云われている。
(1)酸性プロテアーゼ
酸性プロテアーゼは米の中のタンパク質分子のペプチド結合(アミノ酸分子間で一方のカルボキシル基-COOHと他方のアミノ基-NH2が縮合することによって生ずる結合)をランダムに加水分解して種々のポリペプチドを生成する酵素である。最適酵素反応が酸性側のpH3付近で最も高いので酸性プロテアーゼと云う。この酵素はタンパク質分解物の最終物質であるアミノ酸までは分解しない。蒸米のタンパク質(オリゼニン)の分解に作用し、もろみの溶解の補助作用をするといわれている。清酒中のポリペプチドの多寡は清酒の味の濃淡に影響を与える。
(2)酸性カルボキシペプチターゼ
酸性カルボキシペプチターゼはタンパク質やペプチドなどアミノ酸の結合物質のカルボキシ側のアミノ酸を切り離す酵素である。酵素は酸性側のpH3位のところでよく反応するので酸性カルボキシペプチターゼといわれている。生成されたアミノ酸は清酒の旨味成分になり、一部は酵母菌によって消化されて高級アルコールやエステルを生成して香気成分に変化する。
(3)チロシナーゼ
アミノ酸の一種のチロシンを酸化してメラニン色素形成を触媒する酵素である。麹をつくる工程で酸素を多く与えると麹が褐変するのはこの酵素の働きによるもので、特に褐変性の強い性質をもった麹で酒をつくると清酒粕が黒粕といって褐色に着色する。今はこの酵素の生成の少ない麹菌も販売されている。
(4)リパーゼ
リパーゼは脂肪を分解する酵素で、分解されるとグリセリンと脂肪酸になる。グリセリンは清酒の甘味成分に、脂肪酸は大部分が粕に移行する。低精白米には脂肪分の含有量がきわめて少ないので、これらが清酒の香味に与える影響は少ないと云われている。
以上、酒造りに関係する麹の主な酵素について説明した。これらの酵素は清酒の品質に影響するので名前を理解することを勧める。
7)麹の品質評価について
麹の評価は一般的に①官能検査、②キッコーマン酵素分析、③消化法分析などにより行われるが、②キッコーマン酵素分析法と③消化法分析はやや専門的となるため割愛させていただく。
官能検査法では「良い麹」「悪い麹」は下記のような観察が採用されている。
1)官能検査法による「良い麹」とは
(1)色沢:純白で、破精た部分がはっきりし、麹菌が米の中まで破精込んでいること。
(2)手触り:ふっくらと弾力があること。
(3)香り:栗香と云われる茹でた栗のような香ばしい香りがすること。
(4)味:茹で栗のようなぽくぽくとした旨味のある味であること。
2)官能検査法による「悪い麹」とは
(1)色:黒ずんだものや褐色など異常着色したもの。
(2)手触り:納豆のようにねばねばしているものや湿気をおびたもの。
(3)香り:カビ臭や焼けたような異臭があるもの。
(4)味:旨味がなく、酸っぱいような味のあるもの。